暢気者で行こう

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暢気者

こっそり再開。

暇だったので。

去年の正月から変ったことといえば、心配事が一つなくなったこと、なくなったことで自分の基本人格である「暢気者」に戻れたこと、基本毎日暢気なので会社を除いてストレスがなくなったこと、ストレスがなくなったせいか健康診断の数値がよくなったこと。

うちは肉体的介護というより精神的介護だったけど、それでも自分の身体を痛めていたのだのだなと実感。

解放感。

肉親がいなくなってこの感想は、自分って薄情者かしら。

でもこの気持ちわかる人はたくさんいるだろうなあ・・・



桜が咲き始めたというのに、今日の夕方は雷と風と雨で一時大荒れだった。

電車が止まると困るので、仕事をさせようとするオヤジを振り切って会社を出たけど止まったのは隣の新宿線。

「早く帰りたいんですって」と援護射撃をしてくれた、ねえさんの路線でした。

無事、帰れただろうか。

去年の11月には早々と雪が降ったり、やっぱり異常気象なのかな。

聞くところによると、これから地球は氷河期に入るらしい。

おばあになるころに寒いのはイヤだな。



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# by nonky414 | 2017-04-03 22:30 | 独り言

日が伸びた

完全なる寝正月。

イヤ、喪中なので正月はないのですが・・・

一応、雑煮とちょっとした正月料理を母に供えてみる。

去年まで雑煮を作るのは母の役目だったけど、な~んだ簡単じゃん。

醤油ベースで鶏肉と大根と人参と里芋。

同じ味に作れて満足。

うちは昔からちゃんとしたおせち料理を用意しないのだけど、高校の家庭科の授業で「家で作っているおせち料理のレシピを提出しなさい」という宿題が出て困った自分は、一般の家ではほとんど読まない‘家の光’というJA発行の雑誌に載ってた正月料理の作り方を丸写しにして提出したら、すごくいいって先生に褒められてしまった。

「私は好きじゃないから食べないんですけど・・・」とか言って、わずかな良心の呵責を感じながらも友達にも黙っていた高校1年の冬。

正月になると思い出す。

で、とうとう今日はどこにも出かけずに夕方が訪れてしまった。

最近は暗くなるのが早くて4時半ごろには戸を閉めていたのだけど、夕方初めて外に出てみたらまだ明るいの。

調べて見たら12月の中ごろより10分も日の入りが伸びていた。

やっぱり正月は初春だった。

そのかわり日の出が今一番遅くて6時50分ぐらいだけど。(49分になるのは1月18日)

今年の冬はいつになく暖かくていい感じ。

本当の春も早く来てくれるかな。

やっぱり季節が丸ごと変ってくれないと気持ちも切り替えられないのよね・・・
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# by nonky414 | 2016-01-01 22:36

レコ大を見た

今までは茶の間に歌番組を拒否する人がおりましたので超久々です。

たぶんいたら笑ってコラえてあたりだったな。


やけに長い番組でこりゃみんな見ないよな~って・・・

流行りの歌だけではもたないのはわかる。

だって知らいない人ばかりなのだもの。

新人賞の人たちはどこの日本で売れた人たちなのだろう。

パラレルワールドか?

さっき今年のシングル売上ランキングを見てきた。

ベスト20中14曲が大人数のおねえちゃんたちのグループで、ジャニーズが4曲。

そして15位にやっと今年の大賞のおにいちゃん達。

今の世の中シングルCDの売上が全てではないのは重々承知でございますが、つまらないです。

20年後30年後、今年流行った歌を覚えている人は少ないのだろうなあ。


子供のころワクワクしてベストテン番組を見て今でも昔の歌をそらで歌える自分たちは、幸せなのかもしれない。

クリスマスから大みそか、正月までは1年の中で一番おもしろかった気がする。

今年はさみしい・・・・

と覚悟してたけど、そうでもない。

近所のおばちゃん、親戚のおばちゃん、会社の社長のおばちゃんから、絶対ど~んと落ち込むからね、無理しないでね、と同じようなことを次々言われ覚悟していたのだけど、そーでもない。

たとえば面白いことがあって教えてあげたいって思ったときに、ああもう話してあげることはできないんだって思うことはよくあるのだけど、そのことイコール落ち込む・・・ではないのよね。

私って冷たいのかなって会社のねえさんに言ったら、自分もそうだったって聞いてちょっと安心した。

昔から母がいないくなったら自分は壊れてしまうかもしれないって思っていたこともあって、今の気持ちは自分のことながら客観的に見ておもしろいなと。



来年はまず家の片づけをして、それから自分が今一番やりたいことを見つけて新しい生活のリズムを作っていきたい。

近所のおばちゃんにまず自分が楽しむことを第一に考えると楽になるよって言われ、本当にその通りだって思った。

今年は生まれてから一番大変な1年だったけど、来年は生まれてから一番楽な1年になるようのんびりやろう。

なにしろ母曰く、私はすごい暢気者らしいから・・・・
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# by nonky414 | 2015-12-31 18:04
昨日葬儀が終わり、年金事務所や市役所の手続き、お礼の品の購入と、とりあえずやらなければならないことは今日で終了。

通夜、葬儀と、「皆様ありがとうございました」と何度もお礼を言ったけど、一番声をかけてあげたいのは自分自身です。

愛想はいいけどちょっと頼りにならない担当の葬儀屋さんをフォローしながらちゃんと母を送ることができたのは、我ながらよくやったと、誰も褒めてくれないので自分で褒めます。

花いっぱいの式にしてあげたいという希望を、葬儀屋さんに出来ませんと言われがっかりしたことを菩提寺のご住職に話したら、「そんなことはない、できるよ」とのアドバイスをもらい、再度担当者と交渉。

自分の目の前で花屋さんに電話してもらったらあっさり希望通りの花いっぱいの祭壇がOKに。

火曜日に家から送り出す時、お供えしてあったご飯とお団子はお棺に入れますと言っておきながら、すっかり忘れてその後音沙汰なし。

土曜日に来たとき、「忘れてしまいました、今から入れますが。」

アホか、4日前のご飯と団子なんぞとっくに捨ててしまったわ。

いい人そうなんだけど、頼りないの。

通夜、葬儀のときは同じ葬儀社のベテランの女性が司会をしてくれたので、2日間はその人にいろいろ相談。

あやふやなことは言わず、的確なアドバイスをいただきました。

しかし、今はわからないことがあるとネットで調べられるからすごくよいです。

一番頼りになったのはスマホとパソコンでした。


菊が一つもなくピンクと白の洋花でいっぱいに飾られた祭壇はとても素敵でかわいくて、花が少ないことを知っていた親戚からも驚かれ、参列して下さった近所のおばさんからも「こういうのいいね」って言っていただき、思わずスマホでパチリ。

まだ見返すことはできないのだけど。

出来ることなら本人に「どう?素敵でしょ」って感想を聞きたい。

頑張ったよ、お母ちゃん!

褒めてよ、褒めてよ・・・
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# by nonky414 | 2015-12-08 23:13

おくりびとが家に来た

今日10時から納棺だったので、担当の人が二人ぐらいでやってきてちゃちゃっと30分ぐらいで終わるのかと思ったら、大した儀式が我が家の8畳の部屋で始まってしましました。

やってきたのは若いお嬢さん一人。

大丈夫?

だって力仕事だよ?

納棺師と出会ったのは初めてだったので、ポッカーン。

叔母たちもあの人一人でやるの?とボソボソ。

準備するのでぬるま湯を洗面器に半分ぐらい用意してくださいと言われお風呂場のそれを持ってキッチンにお湯を入れに向かったがよく見ると、いやよく見なくてもうちの洗面器は超汚れてる。

あわててキッチンハイターをかけゴシゴシ。

案外あっさり汚れは落ちて、ホッ

持っていくとふすまを締めて皆さん部屋から出ていてくださいと追い出される。

何がはじまるのだ。

鶴の恩返しの夫婦のように、見て見たい。

叔母が縁側からこっそり見てる。

「一人でやってた・・・」

何をだよ~

数分してふすまが開けられ納棺の儀式が始まる。

まず着物を着替えさせるという。

え?みんなが見ている前で?

と心配したが、1枚白い布をかけてその下でやるのでこちらからは素肌は見えない。

結構力がいるようで、母を横に向けながらムリムリっと引っ張りながら脱がせていく。

作業を見ながら、そういえば母はパンツ穿いているのかしらと変なことを思った。

ずっと寝たきりだったのでこちらからは病院に下着渡してなかったし。

それ用のがあるのかな。

昨日からずっと見れる状態だったけど布団をめくって見るという発想はなかった。

てか、見られなかった。

全部脱がした後、白い着物と紫の羽織を着せるという。

こりゃまた大変だ。

二枚を重ね合わせ母の横に敷いた後身体を傾けながらちょっとずつ下に滑り込ませていく。

布の下で器用にやるな・・・とは思わなかった。

力が入り納棺師さんの手ががプルプルして、手を袖に通す時はなかなか通らず母の手が着物の中ですっごく曲がっているのが見える。

着物の袖をギシギシ言わせながら力ずくで。

頑張れ!心の中でおねえちゃんを応援。

ポキって音が聞こえた気がしたけど気のせい、気のせい。

やっと着せ替えが終わったときは、こちらがホッとした。

顔そりと泡のシャンプーでさっぱりし、化粧の前にみんなで顔を拭いてあげる。

化粧のご要望はと聞かれ、普段化粧をしない人だから最後は真っ赤な口紅を・・・と思ったが絶対本人がイヤだと思ったのでお任せしますと。

ファンデーション、ほほ紅、シミやアザのところは重点的に、眉を整え、小さい布で隠しながらの作業はたぶん鼻毛を切ってくれていた。

出来上がった顔は・・・

赤い口紅にしなくてよかった。

赤かったら、オカマバーの年とったママになっていた。

亡くなる1日前に病院が散髪してくれていて (この日がもうすぐだってわかっていて切ってくれたのかも、結構伸びてたから)、人生で一番ショートカットの上横分けしてたから生きてるうちから、おっさんやんって思ってた。

これでいいですかって言われ、前髪をちょっとたらしたほうがいいかなって思ったけど、あとで直せばいいやと思ってOKを出す。(今でもママの髪型のままです。人相もいつもと全然違う・・・)

足袋、手甲をみんなで穿かせ、杖、草履を入れる。

ゆうれいでおなじみの三角の布は、顔の様子が変わってしまうからと懐に入れる。

棺が運ばれみんなで中に収める。

箱の中を整え、母が生前この日のために自分で用意していた若いころの着物と、洋服に頓着しない母が寒くなると唯一こだわったダウンジャケットをいっしょに入れてもらう。

蓋が締められ終了。

使ってたお布団はお焚き上げが出来るというのでお願いする。(よかった、もう使わないもの)

1時間以上かかった。

みんなに見られながらの身支度の整えなんて、母的には絶対嫌いなシュチュエーションだけど(叔母も言ってた)いい体験でした。

やっている間全然悲しくなくて、それより向こうへ旅立つ母のお手伝いをしてるという気持ちと、おくりびとのおねえさんの一生懸命さが興味深くて涙なんて出る気配もありませんでした。

ただ、今回はたまたま親戚がいっぱい参加してくださって力仕事も無理なくお手伝いできたけど、家の人が一人とかだったらどうしたんだろうと疑問に思いました。

親戚たちもこんな体験は初めてだと言っていて、いとこの子供の男の子にも立ち会わせてしまったのはちょっと申し訳なかった。(会社とかで話の種にしてください・・)

午後はお寺に行ってご住職と戒名を決めるためにお話合い。

家の話を聞き、結構古い家系だと知しました。

火曜日の午後、母は家を出ます。

その時どんな気持ちになるか、今はまだ想像できません・・・
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# by nonky414 | 2015-11-30 01:04

踊り場の立ち話とライオンズの備忘録をぼちぼちと・・・


by saiko-warai