暢気者で行こう

waraisaiko.exblog.jp
ブログトップ

耳毛のじいさんの成り代わって怒る

紅白で誰が何を歌おうと、これっぽちも興味はないけれど、
森なんちゃらが「おふくろさん」を歌うとはびっくりだ。
あれほど耳毛のじいさんが歌わせないと言っていたのに、
じいさんが亡くなって一周忌も済んでないこの時期に、それも紅白で歌うとは。
前からこの元森昌子のダンナは嫌いだったがますます嫌いになった。
NHKもNHKだ。
視聴率欲しさに、この曲を選んだ。
親族の同意っていうけど、悪いけどお金か?って勘ぐってしまう。
東大出の弁護士のじいさんの長男いわく(じいさんとは小さいときに別れている)
「振り上げた拳を下ろしたくても下ろせなかったのではないか。」
じいさん、31日に鉄拳を振り下ろしにNHKホールに来てください。
b0139010_20323983.jpg
               このニヤけた顔がイヤっていうか、いじったよね

こんなに世話になったのに・・・
康範と森の付き合いは古く、1968年に「花と蝶」で康範が作詞を担当したときからの付き合いである。元来、康範は親分肌の人間であるが、森のそれまでの境遇に同情、ひたむきだった人柄を気に入り家族ぐるみの付き合いを始めた。1973年に森の母が自殺した際には、真っ先に駆けつけ葬儀を取り仕切ったほか、自ら読経も担当した。
1979年に森が渡辺プロダクション(渡辺プロ)から独立の際、森は渡辺プロが雇った暴力団からの妨害を受けた。さらに、渡辺プロは独立した森を出演させるなら他の渡辺プロのタレントを引き上げると各TV局に通告。全民放は当時圧倒的な数の人気歌手・タレントが所属する渡辺プロに屈したため、森は民放のテレビ出演が出来無くなってしまった。康範らが助け、NHKへの出演だけは取り付け、同年の第30回NHK紅白歌合戦には出場できた。約半年後、川内の奔走によって森サイドが営業活動の窓口の一部を渡辺プロに依頼することで手打ちとなった。その他、森のスキャンダルが発覚した際には常に康範が火消しに暗躍していた。

[PR]
by nonky414 | 2008-12-20 20:47 | テレビ

踊り場の立ち話とライオンズの備忘録をぼちぼちと・・・


by saiko-warai